2007年02月18日

父の入院(3)最終回

      父の入院(1)にもどる

      父の入院(2)にもどる

病室に戻ると、父はナースに点滴の処置を受けているところだった。

私を見て分かったようで、

「オー、オー、オー、○×△□ (意味不明)」

と口をモゴモゴさせ、顔をクシャッとゆがめた。

「よく眠っていたねェー。」

と話しかけると、遠くを見るようにして、

「夢みてたんだよ。釣りやってたんだァ。」

そんな内容のことを言った。

子供の頃、よく釣りに連れて行ってもらったことを思い出した。

昔に帰っていたのだろうか…。


耳元でゆっくりと大きめの声で話をしてやると、7割がたはまともな会話ができた。

弟の話では、耳がかなり遠くなっているため、離れたところから理解できない言葉で何度も言われたりすると、急に機嫌が悪くなるという。

自分が非難されているように勘違いして闘争的になるのではないかと思えて、周囲にその辺のお願いをしているがまだ徹底されていないのだと…。

補聴器も持っているが嫌がってつけないらしい。


話し方もなんとも不思議な発声になっており、言葉が聞き取りにくくなっていた。

猫の声をさらに高音にして、弱々しく絞り出すかのようだ。

初めのうち私は幾度も聞きなおしたが、弟はさすがに慣れていた。

父は顔を指さしながら何かしきりに訴える。

弟はすぐに分かったらしく、ナースを呼んだ。

髭剃りと歯磨きをしたいというのだ、何日もやっていないからと…。

このやり取りを聞いて安堵した。

オシャレに気が回るようなら、もう大丈夫だ。(笑



昼ごはんも完食し、私の朝食の予定だったオニギリまでたいらげて、父は昼寝に入った。

夜中に徘徊してまわり、眠いのだろう。

私は弟の車で、父が入所しているグループホームへと向かった。

昨年の秋から世話になっているが、この機会に挨拶をしておきたいと思った。

施設は病院のあるN市と自宅のあるH町の中間くらい、国道101号線から外れて5分位登った小高い丘の上にあった。

眼下には広々とした日本海が展開し、冬のこの季節には珍しく凪いだ静かな海が、陽の光に反射してきらめいている。

吹き上げてくる風に潮の香も少しある。

初め、入所を嫌がっていた父がこの光景を見て気が変わったみたい、と弟は笑って話した。

それほど父は海が好きで、そしてここの風景は確かに素晴らしい。

まるでリゾートペンションにでも来たようで、思わず

「親父に代わって、おれが入所したいくらいだなぁ!」

弟は笑いながら答えた。

「今から予約しといたら?」



たった12時間のあわただしい帰省。

父の顔を見て、弟の話を聞き、周囲の方々の支えを感じ、温かい気持ちで、再び夜行バスに乗り込んだ。

乗り場に向かう道すがら弟が言う。

「京都に行きたいって言うんだ。生きているうちに一度行ってみたいって…。できることなら連れて行ってやりたいが…。」

(京都か…、遠いなぁ、オヤジには…。去年ならまだしも今の状態じゃなぁ…。)

などと考えていると、

「ときどきこんなことも言うんだぜ。俺はうんと長生きしたいからよろしく面倒見てくれって…。」

数年前まで、父を悩ませ、苦しめた弟はそこにはいなかった。

長年心配をかけ、助けてもらった分、最後の父との生活を誠心誠意看取りたいという気持ちが感じられた。

「オヤジのこと、頼んだよ。いろいろやってもらって済まんな。」

弟は笑いながら言葉を返した。

「ケッコー、今の生活充実してるよ。辛くも嫌でもないから…。あれこれ世話できて嬉しいんだから任しといて。」

私は肩越しに手を振ってバスのタラップを上った。

振り返ることができなかった。



暖冬の秋田を経ち、夜行バスは一路東京をめざし南下する。



やはり2時に目覚めて、朝方には酔って吐いた。

行きも帰りも乗り物酔いするなんて、よほど型が古いんだろう、とバスのせいにした。(爆

冷たい風が吹く早朝の池袋、すぐには電車に乗る気になれず、酔い覚ましに歩き回るかもめであった。


(追)
その後、父はメキメキ回復し、4日後にはホームへ戻ることができた。
最終的な診断は『 ビタミンB12欠乏性貧血 』であった。(ヤレヤレ ^^;)
帰宅したかもめは数日後、たちの悪い風邪を引き、つらい2週間を過ごすハメになってしまいました…トホホ。



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posted by かもめ at 20:30| ☀| Comment(10) | TrackBack(0) | エッセイ・日々の雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
かもめさん、よかったですねえ。
お父様の具合、重症ではなくて。弟さんや、かもめさんがやさしいので、大事に至らずにすんだのではないかと思います。
先日、NHKで、認知症のことをやっていて、バリデーションという療法があるのを知りました。どんな病気でも、その人の人格を大切にする医療が必要だなあと改めて感じました。
Posted by medwriter at 2007年02月19日 10:40
medwriterさんへ

ありがとうございます。
今回は弟をすっかり見直してしまいました。(笑
認知症でも人格を尊重することは、とても大切だと思います。
今回、施設でトラブったヘルパーさんも、弟の話では利用者を見下すような態度を普段からとるのだそうです。
お気に入りのヘルパーさんには、とっても素直でプレゼントまで持ってゆくそうで…。(爆
Posted by かもめ at 2007年02月19日 16:58
お父さんの面倒を弟さんが良く見てくださり安心できますね・・良い兄弟ですね。

僅かな時間でもお父さんとすごせた事は本当に良かったですね・・でんちゃんも父の事を思い出しました。

お父さんが少しでも快方に向かわれて良かったですね。

ご自分のお体も気をつけてくださいよ・・応援のポチ。
Posted by でんどう三輪車 at 2007年02月19日 23:08
でんさんへ

いつも、応援ありがとうございます。^^)
ホント、弟には感謝です。
暖かくなって、父の体調がよくなれば京都へ連れて行きたいと言っています。
そのときには自分も同行したいと思います。
でんさんもお体気をつけてください。^^)
Posted by かもめ at 2007年02月20日 20:48
お疲れ様でした・・・
良かったですね。

でもいろいろなことを考えさせられた記事でした。
何が起こるかわからないですものね。
Posted by サト at 2007年02月21日 00:41
サトさんへ

誰もが年をとり、衰えてゆくという逃れられない現実。
親の介護や見送り、自分達の老後、そして子ども達のこれから…。

私自身もいろいろ考えさせられた帰省でした。^^)
Posted by かもめ at 2007年02月21日 19:48
今日は暖かですね・・桜も咲き始めて・・配達途中で・・上着を脱ぎました・・お昼ごはんを食べたらまた配達です・・かもめさんもお体大切にね・・応援のポチしていきますね。
Posted by でんどう三輪車 at 2007年02月22日 14:06
でんさんへ

いつもありがとうございます。
横浜はもう桜が咲いたんですか。
本当に暖かいですね。
日中は汗ばみます。
その分朝晩の温度差が大きくなっていますから、体調にはお互い気をつけましょうね。^^)
Posted by かもめ at 2007年02月22日 19:01
昨日は打って変わって寒かったね・・強風が吹き荒れて配達もつらかったよ・・今朝も寒いね・・お大事にね・・応援のポチ。
Posted by でんどう三輪車 at 2007年02月25日 03:12
でんさんへ

いやぁ〜、今朝は本当に寒いですね!
配達ご苦労様でした。
寒いと2倍疲れるでしょう。
風邪引かないようお気をつけください。^^)
Posted by かもめ at 2007年02月25日 08:47
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