左上半身の激しい痛みと食欲不振がずっと続き、鍼灸で改善できないものかと奥様と二人で相談にみえた。
ガンを抱えながら治療にこられている方は他にもおられますと言うと、
「残された期間を有意義に過ごすためにも、
この痛みと吐き気を少しでも減らしたい。」
とにかく、それだけでもいいから、と何度も繰り返した。
予約の合間をぬって何とか治療を終え、次回の予約を取り、帰るFさんに、
「痛みが減れば食欲も出てくると思いますが、くれぐれも少しずつですよ、食べ過ぎないでくださいね。」
と、念を押した。
翌日の休診日、夕方一人で歩いているFさんを見かけて路上で声をかけた。
これから治療室に相談に行くところだったんだとFさん。
それによると、昨日治療してもらってから、痛みがかなり楽になり、夜も久しぶりによく眠れたとのこと。
「痛み止めもさっぱり効かないから薬も止めていたんだけど、
こんなに楽になってホントにありがたい。」
そう言って何度も頭を下げた。
ところが、朝食も昼食も、食べてしばらくすると吐いてしまうんで、どうしたものかと聞きに伺うところだったんですとのことだった。
食べているときはおいしかったですか、と聞くと、そうだと言う。
たぶん、痛みがひどくて何日もろくに食べられなかった状態だったから、ビックリして胃が受け付けなかったものと思われた。
「Fさん、次のことを守ってくださいね。
まず、今日の夕食からはおかゆにすること。
そして量も少なめから、少しずつ増やしてください。
あす午後の治療の際に状況を聞きますから、それによっては明後日から普通食に戻れますからね。」
高齢で耳の遠いFさんの耳元で何度もしっかり念を押して別れた。
別れ際にFさんは、明日の午前は病院で診察があるから主治医にハリも続けたいと話しておくといった。
翌日の午後、家族から予約取り消しの電話がはいった。
どうしても行けなくなってしまいました、と事務的な口調で、…奥様ではなかった。
昨日は元気そうだったので、どうしたのだろう、急に容態が悪くなって入院でもしてしまったんだろうか、などと気になった。
1週間後に、突然Fさんが一人で来室された。
案外と元気そうな感じだったので安心した。
「この前は、電話で失礼しました。
耳が遠いんで電話では話ができないんです。
それで娘にかけてもらいましたが、直接自分からもお詫びと状況をお話ししたくて今日は来ました。」
Fさんによると、
主治医から鍼灸治療は少し様子を見てからにしましょう、と言われたのだと…。
「わたしは治療直後から、なんかいい感じだな、最近になく気分がとてもいい、そんな感じでしたし、久しぶりに食事もおいしく食べられたので、うれしくて主治医の先生に話したのですが…。」
残念そうな口ぶりであった。
無念ささえ感じた。
私はあきれた。
Fさんに何と言ってあげればいいのか。
心の中には激しい憤りが渦巻いていたが、患者さんにとっては長く付き合ってきたであろう主治医をけなす言葉はついに言えなかった。
私は20年ほど前、某大学病院の東洋医学科で、数年間、研修生として臨床も携わった経験がある。
外来のほかに、入院患者の治療も結構行った。
その中にはガンの患者さんも多く、痛みの緩和や食欲増進、抗がん剤の副作用軽減、といった目的で他科から紹介されてきていた。
そして今では
鍼灸がガン治療の補助的治療として
併用するのは常識になりつつある、
と、私は思っていた。
Fさんの主治医が鍼灸を拒否した理由はなんなのか?
実はこうしたことは初めてではありません。
開業以来、10本の指では足りないくらい経験しています。
医師や病院にもいろいろ事情はあるようです。
でもこの機会にひとこと言いたい。
何のための医療なのか。
だれのための医療なのか、と。
治療を提供するのはわれわれ医療者ですが、治療法を選択する権利は患者さんにあります。
ましてFさんには残り時間が少ないのです。
誰に遠慮することなく、
悔いのない自分の納得できる治療を選んでいいんですよ。
そう励まして帰っていただきました。
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鍼灸に理解や協力をいただく医師は確実に増えていますが、たまにこんな先生もおられます。
医学部のカリキュラムに鍼灸医学も組み込むといったことを、厚労省や医師会のトップが考える時代に来ていると思います。
患者は自分で治療の選択をしてよいと思うし、しなくてはいけないと思う。だって自分の命だもの…とあらためて思います。
現在、肝臓がん、肺がん、大腸がん、乳がんの方などが治療にみえています。
がんの患者さんはいろいろな症状、つらさを体や心にかかえています。
がんを治すことは無理でも、付随する症状を楽にしてあげたり、全身治療でで免疫力を高めることによって少しでも進行を遅らせたりすることが可能です。
お医者さんがもっと鍼灸師を上手に活用する方向でがん治療を考えてくれれば、もっと生存率や治癒率が上がると思っています。
私も鍼灸師で、同じような状況になったことがあります。
強い憤りを感じたというのは理解できます。
しかし、「医者が〜」「病院は〜」といった非難の言葉はちょっとどうかと思います。
そういったことにエネルギーを使うよりも、結局、患者さんは鍼灸施術よりも主治医の指示を選んだという現実を受け止めることが大切だと思います。
その上で、施術を受けた患者さんが「主治医が反対しても説得する、その結果たとえ主治医や病院を変えることになったとしても鍼灸施術をこの先も受けたい」と思う、そんな施術ができるよう努力することにエネルギーを注いでいった方が有意義だと私は考えています。
(もし「鍼灸はガンにいい」という宣伝のためこの記事を書かれたのならお手数ですがこのコメントは削除して下さい。)
そうですね、ちょっと非難めいた文章になっていました、読み返してみると…。
tttさんの言われるように、Fさんが選択した事実をきちんと受け止めて今後の糧にしたいと思います。
ただ、今回のケースで私が残念に思ったのは、Fさんがどうも納得できる説明を受けていないのではないか、と強く感じたからなのです。
いま私と関わってくださっている医師の大多数の方々からは、鍼灸に理解と協力をいただいております。
病院でのがん治療そのものに異論を唱えているわけではありませんので、ご理解をいただきたいと思います。
貴重なご意見、ありがとうございました。